映画の時代 -40-




●古典的名作「天井桟敷の人々」

今まで観てきた映画の中で、一番感銘を受けた映画は何?、と問われれば、私は迷わず「天井桟敷の人々」と応える。 この映画は私が中学生の時に、親父が経営していた「豊来館」で観た記憶がある。多感な少年時代に観た映画は 深く心のひだに焼きついているが、この作品はその筆頭にあげられる作品だ。アメリカ映画の名作「風と共に去りぬ」 は1部、2部構成の3時間にも及ぶアメリカ映画の超大作だが、「天井桟敷の人々」も2部構成の上映時間3時間のおよぶ フランス映画の超大作である。
この、二作品ともに戦争の真っ只中に製作された映画であるが、 21世紀に残しておくべき古典の名作といえるだろう。

パリの歓楽街を舞台に、パントマイム役者バチスタと女優ガランスの恋を軸に描かれる、 きらびやかな恋愛絵巻。そして、 波乱万丈の人生劇……。 フランス映画界の巨匠マルセル・カルネはドイツ占領軍の圧制に屈服することなく、 3年3ヶ月の製作日数を費やしてこの作品を完成させた。 世界中の映画ファンにフランス映画の奇跡として記憶される作品である。

第一部 「犯罪大通り」
1840年代パリのタンプル大通り。パントマイム役者バチストは美貌の人ガランスに恋をする。 犯罪詩人ラスネールや俳優ルメートルも彼女に夢中である。一方、座長の娘ナタリーはバチストを愛している。 やがて、ラスネールのもとを離れたガランスもその一座に加わるが、彼女の前に新たな崇拝者モントレー伯が現れる。

第二部 「白い男」
5年後のバチストはナタリーと結婚、一子をもうけている。一方、ガランスはモントレー伯と結婚している。 どうしてもガランスを忘れられぬバチストであったが、パリに一時帰還していたガランスと偶然再会し、一夜をともに明かす。 一方、劇場でモントレー伯の侮辱を受けたラスネールはトルコ風呂で彼を襲撃し殺害する。 翌朝、バチストとガランスの前に子どもを連れたナタリーが現れる。ガランスは身を引く覚悟を決め、 カーニバルの雑踏の中に消えていく。

最初にこの映画を観た時、主人公の一人無言劇役者パチストを演じたジャン・ルイ・バローの演技に魅せられてしまった。 第一部では、新入りの大根役者として、不器用で、ドジばかりしているバチスト。ほとんどセリフなし。好きな人がいるのに それを表現できないバチストに、当時内気だった少年時代の私は、完全に感情移入してしまった。涙が止まらず、 映画の世界に入っていった記憶がある。映画が終わってもすぐ立ち上がれなかった。
また、この映画でパントマイムという演劇手法があることを始めて知った。 日本にもパントマイム役者が出現するが、彼の影響が大だったと思われる。 1970年に開催された大阪万博の会場に年老いたジャンルイ・バローが訪れ、パントマイムの演技を披瀝している。

この作品の明らかに優れている点は、個性的な登場人物の設定とその登場人物が各々に濃密な物語を持っていることにあると思われる。
無言劇役者のバチスト、犯罪詩人ラスネール、シェークスピア劇の俳優ルメートル、伯爵モントレー、ヒロインのガランス、 座長の娘ナタリー。3時間というわずかな時間で6人がそれぞれに濃密な物語を展開し、各々の物語が各々のテーマを持っている。 観客は6人それぞれに感情を移入し、6通りに物語を見ることができるという仕掛けだ。
最近の日本では、ハリウッドの影響を受けているイベント指向の作品が出てくる一方で, CGに頼った作品が多く、人間の個性と感情の微妙さに対する配慮の欠如が感じられてならない。 それにしても、ナチス・ドイツの圧力に屈することなく、この映画を完成させたスタッフの心意気と執念に、心から拍手を贈りたい。 この作品は古くても新鮮な作品と言えよう。



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