映画の時代 -28-


(C) illustration by MOON

●風と共にコケたサイドカー

前回はロードショーの巨大看板について書いたが、 今回はレギュラーの映画看板の取り付け 作業について書いてみよう。通常の映画は一週間単位で、新しい映画に切り替わる。 切り替わる前の夜はわれわれ業務部の出番だ。 各映画館の切り替えは曜日で決まっている。 曜日によっては、 3〜4館の映画館が重なる曜日がある。 その日は業務部が大忙し。 サイドカーがフル稼動となる。

サイドカーというのは自転車の側面にリヤカーを合体させたシロモノで、 ものを運ぶために作られたカスタムカー、いや、 大型荷台付き運搬用自転車とでも言った方がおわかりいただけるだろうか。 歌舞伎町界隈の映画館はすぐ近いので、 このサイドカーに 描き上げたばかりの看板と脚立を乗せて現場に運ぶ。 脚立は通常は2つ折りになっていて、 伸ばせば2倍の長さのはしごにもなる。 看板屋さんにとっては、 これがないと仕事が出来ない。 工場から、歌舞伎町の映画館街まではサイドカーで5分という至近距離である。 工場にはこのサイドカーが4〜5台ほどあった。 運ぶ看板が大きいと、 看板で視界が遮られ左側が全く見えなくなる。 実に危険きわまりない。 その時は、 感を働かせてゆっくりペタルを漕ぐしかない。 看板は立てた状態で荷台に積むが、 固定するには、左手で突っ張っておくしかない。 必然的に片手運転となる。 私は 初めて看板を積んだサイドカーに乗りペタルを漕いだ時、 思わぬ方向に行ってしまい冷汗をかいた。 次第に慣れてコントロールができるようになる。 しかし、 風が強い日は大変だ。

雨が降っても、 風が吹いても、 看板の取り付けは休むわけにはいかない。 あれは、 ものすごい風が吹きまくっていた台風の日だった。 空には、吹き飛ばされたいろいろな物が舞っていた。 いやーな予感があった。 私はいつものように、 看板と脚立を積んでサイドカーのペタルを踏み、 強い風の中を、 歌舞伎町の映画館に向かって走っていた。 右手にハンドルを握り、 左手で 看板を必死に押さえてはいたが、 すさまじく強い風圧を受けていたので、 サイドカーは思うように走らない。 必死になってペダルを漕いでいた時だ。 フワーと左側の車体が、 スローモーションのように浮き上がったかと思うと、 ものの見事に右側に横転し、 地面にいやっと言うほど叩き付けられてしまった。 その時のシーンを想像していただきたい。 看板がサイドカーに覆い被さり、 私はサイドカーの下敷きになってしまったのである。 幸い怪我ひとつしなかったが、 その時の恰好を想像すると、 おかしくて自然と笑いがこみ上げてくる。 まるで、喜劇映画のシーンではないか。
今は見ることすらできないこのサイドカー、 考えてみると超ローテクではあるが、 手軽で便利な運搬具でもあったのである。

さて、 映画館の看板といっても、 軒上のメインの看板の他、 軒下、 入口周りと何ケ所もある。 映画館によっては、遠くにいる歩行者からでも見える突き出し、という看板もある。 新しい映画に代わる前日には、 すべての掲示場所の看板をチェンジしなければならない。 大概は既存の額縁にはめられているので、 それを外して、 新しい看板に入れ替えてくるのだが、 映画看板の取り付けは、 常に危険が隣り合わせの仕事だった。



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