映画の時代 -26-



●巨大看板ができるまで

前に書いた通り、 ロングラン上映される映画看板は油性ペンキで描いていく。 看板のベースは紙ではなくトタンだ。白に塗装されたトタンを木枠に打ち付けて作る。 巨大看板の場合、 看板を寝かせず、 立てた状態にして描いていくとになる。 ミラノ座の壁面の看板を想定して、 あの巨大看板の制作過程を追ってみよう。 すべての作業工程は、 縮尺 1/10に描かれた原稿に基づいて進められる。 この原稿には、びっしりとタテヨコの桝目が引かれている。 まずは、 1間×2間のトタン看板を何十枚という枚数作る。 これは工務部の仕事だ。 出来た看板を6枚ほど制作室に運び入れ、 横にして2段重ね、3列の状態に奇麗に固定した後、 油性のペンキでいよいよ看板の制作が開始される。

映画のタイトル文字だけでも、 5〜6枚の看板に及ぶ。 絵描きさんは、 直接白い看板に下書きをする。 これも縮小原稿を見ながら 拡大して鉛筆を使って描いていく。 下書きが終わると筆や刷毛を使ってペンキで絵を描いていく。 油性の絵の具で描くので、 油絵の範疇に入るのだろうが、 描いていくスピードは 油絵の概念とは異にする。 ともかく気持ちが良いほど描いていくスピードが早いのだ。 絵が描きおわると、 背景色を塗る。背景色が乾燥した後、文字描きが文字を描いていく。 高いところは脚立を2台立てて、 そこに厚い木の板を渡し、その上に上がって仕事をする。 木の板の効果は、 一定の高さを保ちながら横に移動できるので、 広い面積の作業が出来る。 大小の脚立は看板屋の必需品だ。 描き終わった看板は看板は外へ運ばれ、 代わって 新しい看板が中に入れられる。 看板の出入りの移動が頻繁なときは、 制作室の 作業が佳境に入っている時だ。

スターの顔が一枚の看板に奇麗に納まることはまずない。 1間×2間の1枚の看板に目と鼻だけ、 口は下の看板に描くなどという 場合が多々ある。 顔のアップだけでなく、ラブシーン、 群集シーン、 戦闘シーンなど、様々な絵柄が、 真っ白い板面に描かれていく。 何人もの職人が板面に向かって、 あちこちで絵や文字を描いていく。 では、 その絵柄の接続はどのように処理されるのだろう。
最高部の1段目が描き終わると、 それを外し乾燥にまわされる。 2段目を上に上げ、 新しい3段目の真っ白い看板が制作室に持ち込まれ下に重ねて固定する。 2段目が描きおわると、 外して乾燥へ。 3段目の下に新しい4段目が重ねられる。 という要領で制作が進められていくので、 看板同士のタテとヨコの接続部分はスムースに 処理されていくことになる。 1間×2間の看板を何十枚使う巨大看板であろうとも、 絵や文字の接続部分に狂いがでないのは、実はこの制作手法に秘密がある。

泥絵の具は水性なので一時間もすれば乾くが、 油性ペンキは油絵のように、 乾燥するのに2〜3日かかる。 従って、 大型看板の場合、 完成した全体像を制作室の中で見ることはできない。 制作室は広いといっても、 全部の看板を広げられるスペースに程遠いのも事実。 制作中の大型看板の絵柄は、 何時見ても全体の一部でしかない。 大型看板を制作している時の制作室は、 活気があって私は好きだった。 制作室は毎日毎日が変化の連続で、 何時行っても飽きることがない。 それぞれの持ち場持ち場で、作画部・制作部の職人さん達の真剣勝負の職人技が発揮されていく。 制作途中の看板であっても、 それは迫力があり、 看板を見ているだけで映画を観たい欲求にかられる。 完成した看板の全体像は現場で設置して、 初めて見ることができる。 巨大看板に携わってきた職人たちも、 取り付けが終わった後の、 現場を見て自分たちの苦労が報わる。



MENU

HOME

NEXT



inserted by FC2 system