映画の時代 -24-



●銀座・日劇の大看板


当時、 日比谷駅の近くに日劇があった。 西の宝塚に対して、 東の日劇は、歌にも唄われた銀座の一つのシンボルであり、 様々なエンターティメントを提供してきた大劇場だ。
今は取り壊されてしまい、 当時の面影すらなくなってしまったのは残念というほかない。 日劇の円筒の建物壁面に、 屋上に達する高さの映画看板の設置作業に参加したことがある。 今回はその話をしよう。 高さが5階建てのビルくらいあっただろうか。 この看板の取り付けには 私も業務部の一人として駆り出され、 鳶職人(とびしょくにん) と一緒に高いところで仕事をさせてもらった。 要するに、職人さんらの梃子(てこ)として作業に加わったということになる。 確か長谷川一夫主演の「忠臣蔵」という映画看板だっと思う。 大きい看板を設置する場合は、 鳶職人という職能集団の手を借りなければならない。 鳶職というのは、鳶口という道具を使い、 土木工事や、 建築などの 足場工事にたずさわる職人である。 江戸時代、 町かかえの人足として町内の世話事をする 仕事師とも言われ、 享保年間以後は火消しを兼ねた鳶の者とも鳶とも言われたそうだ。

ビルの壁面に大看板を取り付けるには、まず設置する場所に土台を作ることから始めなければならない。 日劇の円筒の建物の入口周りには、 軒(のき)といって帽子の縁のように飛び出している部分がある。 その軒の上に、 太さ10cm〜15cm、長さ15メートル位の木の丸太、 数十本を組み立てていくことになる。 丸太の組立ては素人ではできない。 ここは職能集団である鳶職人の出番だ。 ビルを建設する 時に作るのと同じ足場を立てた表面を看板の土台として、 そこに看板を取り付けていくのだ。 下から上に向かって、 丸太を継ぎ足しながら足場を組み立てて行く。 丸太と丸太の先端を、 太さ2ミリ〜3ミリのの太い番線で縛り、 先が尖った「しの棒」という鉄の道具を使ってを巧みに締めていく。 手際よく丸太ん棒を組み立てていく鳶職人の仕事っぷりは、「さすがプロ!」を感じさせる。 丸太を継ぎ足し継ぎ足し、 横と縦の格子状の模様になって、 ビルの屋上まで達すると看板の土台が完成する。 足場自体が倒れてこないように、ビルの壁面の要所要所にコンクリート釘を打ち付け、 ヌキという木材と番線を使って固定する。

鳶のいでたちと言えば、 手甲脚絆(てっこうきゃはん)の伝統的な作業着で、 上はダボシャツ、 下はだぶだぶズボンにスネの部分にゲートルを巻くスタイルだ。 お世辞でもスマートとは言えないが、 高い所で作業するには、 このスタイルは合理的なのかも知れない。 一人一人の鳶は道具袋と番線の束、それにしの棒を腰にぶら下げている。 彼らには暗黙のチームプレーが が出来上がっているかのようだ。 彼らの仕事ぶりは、実に意気が合っていている。 上に行くに従って当然危険度が増す。 下はコンクリートだから、 足を踏み外せば 死はまぬがれ得ない。 上から下を見ると人間は豆粒のように小さく見える。 高所恐怖症の人だと、気を失ってしまうだろう。 私も足場にあがり、 仕事をさせてもらった。 梃子は職人の補助係りだ。 緊張のためか、 武者震いを押さえるのが大変だった。 鳶職は上に行っても変わらない動きの良さで、 次第に看板の土台が出来上がっいった。

鳶職人のなかに、 ひときわ威勢がよく自在に足場を駆けまわるように仕事をする鳶の兄さんが一人いた。 パンチパーマの髪型をしているその兄さん、 外面も動きの良さも猿を思わせた。 仕事の合間に彼が私に、 東京タワーの建築した時、 鳶として仕事を した時の話をしてくれた。 てっぺんは相当揺れた、という話、 「てっぺんからションベンをしてもよー、 霧みてぇに吹っ飛んでしまうから、 下まで落ちてこねぇんだよー」と、 身振り手振りよろしく、 江戸弁で大きな声で話してくれた。兄さんの話には実感がこもっていた。 鳶職人としてのプライドがこちらにも伝わってきた。 兄さんの話を聞きながら、 東京タワーのてっぺんで仕事をしている様子を想像したら、 頭がくらくらした。

さて、土台ができたところで、 看板の取り付けだ。 いくら大型の看板といえども、 トラックで運搬する都合上、 一枚の看板の大きさには限界がある。 1間×2間(1.8m×3.6m)が定番のサイズだ。 すなわち畳6枚分、3坪の大きさということになる。 工場から運ばんできた何十枚かの看板を、 一枚づつロープで引き上げ土台の丸太にクギで固定していく。 高いところはビル風に看板が煽られるので、 慎重に引き上げなければならない。 ブロックを組み立てていくように、下の段から上の段に向かって看板を組み立てていく。 看板同士が重なる部分は釘を使って縫い合わるように固定する。 この作業は私達の出番だ。 下の方から大看板の絵柄が次第に見えてくる。 ほぼ一日かけて完成した大看板は、 日比谷駅からでも よく見える。 夕日に映えて見栄えがした。 一仕事を終えて夕暮れの爽やかな風が心地よかった。


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