映画の時代 -45-



●絵の背景処理と文字の描きこみ

作画室の欄干には、いつも何枚もの絵がもぶら下げられていた。描き終えた絵をこうして自然乾燥しておくのだ。製作部の担当者は、描き終わって乾燥した絵を受け取ると、1階の製作室で絵入りの看板製作に取り掛かる。紙に描かれた絵の裏側に刷毛でのりを塗って、真っ白い看板の所定の位置に貼り付ける。看板全体に背景の絵が入る場合は絵描きさんが背景の絵を描く。背景に絵が入らない場合は、製作部の担当者である、文字描きの職人が刷毛を使って背景色を塗る。看板の背景の処理は映画のイメージを決定付ける重要なポイントだ。ラブストーリー、ミュージカル、アクション、スリラー、SF、時代劇・・・それぞれの映画にふさわしい背景色を刷毛を使って塗る。この時に、ぼかしの技術を生かし、スターの絵が際立つようにする工夫が施される場合がある。このあたりの表現技術は、職人のセンスが発揮されるところでもある。

ここで、泥絵の具で欠かせない膠(にかわ)について書いておきたい。泥絵の具の場合、膠は絵の具のうすめ液として使う。絵を描く時、背景を塗る時、文字を描く時、膠は欠かせない絵の具の溶剤であり、定着材なのだ。膠はその時の温度と湿度によって、濃度を調整しなければならない。例えば冬の寒い日は、膠がすぐ固まってしまう。そこでストーブや七輪のお世話になる。固まりかけた絵の具は暖めると解けて使いやすい状態になる。それでも、例えば背景色として塗った時の、絵の具の膠が濃すぎた場合は、その上に文字を描く時に、絵の具がはじいて文字が描きにくくなり、余計な時間がかかってしまうことになる。そこで、気温が低い冬は膠に水を入れて、薄めにしてて使わなければならない。しかし、膠が薄すぎるた場合どうなるかと言うと、看板が雨に濡れると、絵の具が流されてしまうことになる。膠は濃すぎても、薄すぎてもいけない。水との調合が難しいのが難点なのだ。泥絵の具は極めて発色が良い絵の具ではあるが、膠の濃度を微妙に調整する必要がある。膠の濃度を計る濃度計などというものはない。職人の感にたよるしかないのだ。

さて、こうして看板に絵が入り、背景色も塗り終わった。この段階で、映画看板のベースが完了したことになる。ここからはすべての文字を描きこめば映画看板の完成となる。まず、鉛筆で下書きをする。タイトル文字、キャッチフレーズ、キャスト、スタッフなどの文字の配置を決めていく。ここで活躍するのが前述した「大型コンパス」と「竹製の定規」だ。この道具を自在に使って、手早く文字の配置の下書きする。例えばキャストの連名を入れる場合、入る位置、行間を決めて鉛筆で平行線を引く。平行線は文字が曲がらないためのガイドラインだ。この平行線を引く時に、大型コンパスが活躍するのだ。この作業を「アタリをとる」と言う。アタリをとり終わると、一番大きい文字である、タイトルから文字を描いていく。タイトルの文字の色は、背景の色とのバランスを考慮する必要がある。タイトルの文字が大きい場合は、刷毛を使って描いていく。その他のキャストやキャッチフレーズなどの文字は大きい文字は太い平筆、小さい文字であれば、面相筆を使って描いていく。その時の文字の色も、職人の色彩感覚感覚が発揮される。

映画看板は通常、看板を立てた状態で描く。文字を描いている時に、筆からネタを下の絵にたらすことがある。新米の職人がよくこれをやってしまう。ベテランになるとネタをたらすこともなく、すいすいと描いていく。文字を描くための絵の具も、薄すぎず、濃過ぎない絵の具の濃度を膠と水をいれながら調整しなければならない。
看板が大きい場合、高いところは台の上に立ったり、脚立に登って文字を描く。時には2台の脚立に足場を渡し、その足場板の上に上がって文字を描いていく。最初はおっかなびっくりで、体勢が悪いと文字が曲がったり、震えたりするが、ベテランになると、どんなに高いところに上がっても、描きにくい体勢であろうとも、震えることもなく、きっちりとした文字を描いていく。すべての文字が描き終わったところで、映画看板の製作が完了する。



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