映画の時代 -35-




初めて描いた映画看板。社内コンペで奨励賞をもらった。


●励みになった社内コンペ

製作部・作画部・業務部のすみ分けは実にはっきりしていた。作画部の人は映画のスターの顔を描く。 背景の絵を描く。製作部の人は、作画部の人が描いた絵を使って背景色を塗り、文字を描いて仕上げる。 業務部では完成した看板を取り付ける。作画部の人が文字を書いたり、製作部の人が 絵を描くということはしなかった。三者の連携はスムースに行われていた。 業務部でいくら良い仕事をしても、上の製作部や作画部に入れるとは限らない。 業務部では文字を、作場部では絵を実際に描けなければ上にあげてもらうことはできない。 私は絵を描くことが好きだった。そして文字を書くのも好きだった。

業務部は言わば縁の下の力持ち的存在で、看板を描きあげる以外の、すべての雑用をこなすセクションである。 業務部の仕事は忙しく、肉体的にきつい仕事だ。つらくて辞めていくのはいつも業務部の若手だった。 危険、汚い、きつい、いわゆる3Kという言葉があるが、まさに業務部の仕事は3Kそのものだ。 製作部や作画部に入って、工場内で実際に看板を描きたいという希望があるので、 たとえ、どんなに仕事がきつくとも耐えられるというところがあった。 上にあげてもらうためには、絵や文字のを描く技術を習得しなければいけない。技術の世界、実力の世界である。

見習いという言葉があるが、よく言ったものだ。
業務部の仕事の合間に、先輩の仕事をよく見学させてもらった。 先輩たちの仕事は実に上手い。平筆で明朝という書体を漢字でも、 ひらがなでもすいすいと楽々と描いていく。 仕事ぶりを見ることによって、いろいろな技法を学ぶことができる。 先輩の仕事振りをつぶさに見て学ぶ、というのがやはり基本ではあるが、 実際に自分で描いてみないことには、決して 技術は身につかない。そこで見よう見真似で絵や文字の練習をする。練習するのは仕事が終わってからだ。
文字の練習はB1の太洋紙に鉛筆で碁盤の目を引いて、平筆と泥絵の具を使って文字の練習をする。 看板は立てた状態で描く。慣れないと筆からネタ(絵の具)を下に垂らしてしまう。文字の お手本としては新聞紙を使った。新聞の活字を見ながら描いて行く。 特にひらがなは新聞社によって微妙に文字の形が違うこともわかった。 ゴシックや明朝の練習をしたが、先輩たちのようには筆は思うように動いてくれない。 絵はスターの写真をもとに、幻灯機で拡大して下書きをした紙に 泥絵の具で描いていく。描いた作品を作画部の人にみてもらい アドバイスを受ける。その繰り返しである。練習するたびに上手くなっていくことが実感できた。 一日の仕事が終わると、疲労困憊する。工場の周辺はあらゆる娯楽の誘惑地帯である。 遊びたい気持ちをグッと抑えて、必死になって練習したころが懐かしい。

ある日の朝礼で社長が、業務部の全員を対象に社内コンペをやる、 締め切りは2週間後と発表した。業務部から製作部・作画部に起用する人材を決める目処をつける目的 だったことは想像はついた。テーマは自由、映画看板を各自が自主的に描き出品することになった。 業務部の私たちは俄然色めきたった。 私は「待ってました」良い機会を与えてもらった。 やっと認めてもらうチャンスを与えられた、と私は燃えに燃え練習に力を入れた。 今まで、文字は文字だけの練習、絵は絵だけの練習を繰り返してきたが、 自分が描いた絵に、自分で文字を描き入れ、看板の作品として仕上げなければならない。 背景の色をどうするか、レイアウトはどうするか、タイトルの文字はどこに入れるか、 文字の色は何を使うか、など考えるのが楽しかった。 作品のテーマとして私は「アンネの日記」を選んだ。まず、主人公であるミリー・パーキンスの顔を描きあげた。 描いた絵を、真っ白な看板にのりで貼り付け、背景色を塗り文字を描いて仕上げる。 仕事が終わってから遊びの誘惑を断ち切り、時間を忘れて無我夢中になって取り組んだ。 締め切り前の日に徹夜をして作品を完成させた。時間はかかったが、 自分でも気に入った作品となった。

締め切り日の翌日、製作部・作画部の人が審査員になって作品の審査会が 開かれた。業務部の人が描いた12点ほどの作品が制作室に並べられ審査された。 一点一点の作品を通し、一人一人に適切なアドバイスが与えられていく。 審査の結果、私と神野くんの作品が奨励賞を受賞した。奨励賞がこのコンペの 最高の賞だった。賞状と金一封をもらった時は本当にうれしかった。 ちなみに2回目のコンペが何ヵ月後に開かれが、その時に 出品した作品はカーク・ダグラス主演の「スパルタカス」という映画の看板だった。 この作品も奨励賞を受けた。諸先輩方に認めてもらったという喜びが体を駆け抜けた。 「天にも昇る心地」とはこんな時の気持ちなのだろう。 社内コンペの受賞は、確かに私にとっては励みとなった。


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