映画の時代 -30-



●肝を冷やした文明堂ビル

映画看板の取り付けの話が続いている。 実際、 制作室で看板を描いている時より、 仕事はきついが、 看板の取り付けをしてきた時の方が、 何と言っても面白いエピソードがいろいろある。 私は高いところで作業をするのが好きだった。 他のメンバーがビビッていると、 いつも率先して危険な役を引き受けていたようだ。 子供の時から体を動かすことが好きだった。 私のアルバムには、 逆立ちをしている写真が一杯ある。 シャイなくせに、 目立ちたがりでもあったのだろう。

銀座にカステラの老舗、 文明堂というお店があった。 銀座では小さいビルだったが、 この3階〜4階建てのビルの屋上に映画看板があった。 ここも4枚セットの看板があり、 遠くからでもよく見える看板だった。 今回は、 この看板の取り付けに行った時の話を書いてみることにしよう。 いつもはお店にお願いして、 ビルの屋上に上がらせてもらい、 看板の取り付け作業をするのだが、 看板を取り付けに行ったところ、 あいにく店が閉店していて、 鍵がかかっていた。

しかたなく、 厚かましくも隣の民家にお願いして、 3人で2階の屋根に上がらせてもらった。 もしかして、隣の家の屋根からビルに上がれるかもしれない、 と考えたからだ。 2階建ての家の屋根から、 ビルの屋上までの高さは2.2メートルほどある。家の屋根と隣のビルの 間には50センチほどの隙間がある。 勇気をだしてビルの屋上へ飛びつこうと思えば可能な高さだ。 さあ、どうするか。 しばし考えたすえ、 屋根からビルの屋上のヘリに飛び移ることにした。 屋上の壁面の縁に手がかかれば、 腕の力で屋上に上がる自信はある。 私が最初にビルの屋上に上がった後に、 他の二人のメンバーをロープで屋上に引き上げれば良いと考えた。 意を決して、 私がその役を買って出た。 一番飛びつきやすい場所を決めた。

深く息を吸い込んで、 全神経を集中させ、 私は屋根からビルの縁をめがけて飛び移った。 見事、私の両手がビルの壁面の縁を捉えた。 と思えたのはほんの一瞬だった。 両手でつかんだコンクリートが、 もろくも割れて、 コンクリートの破片を手にもったまま、 私はもんどりうって落下してしまったのだ。 もし、 民家とビルの隙間に落下したら一巻の終わりになっていただろう。 危機一髪で救われた。 幸いなことに、民家の屋根に背中から落下したので、 奇跡的に命は助かった。 背中をしたたか打ったので、 息が一瞬止まってしまったが、 悪運が強いのか、 怪我一つしなかった。 この時ばかりは肝を冷やした。

ビル自体が古いビルだったので、 長い風雪でコンクリートの表面が劣化していたのだろう。 その後、 この看板の取り付けをどのようにやったのか一切憶えていない。 文明堂ビルの屋上看板取り付けでは、 この命拾いをしたことだけ鮮明に記憶している。 それにしても若気の至りというか、 無謀なことをしたものである。


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