映画の時代 -19-




絵の具をすり鉢で練っているところ。手前に七輪が見える。


●泥絵の具と膠(にかわ)

すべての仕事は先輩から教えてもらわなければならない。入ったばかりの新人は最もつらい仕事が 与えられる。最初は絵の具練りの仕事である。 通常、映画は1週間単位で新しい映画が上映される。このレギュラータイプの映画の看板は「泥絵の具」 という絵の具を使って描く。そして「ウエストサイド物語」とか、「ベン・ハー」とか 評判の高い映画はロードショーといって1ヶ月以上ロングランで上映する。長期にわたって掲示 される看板の場合は泥絵の具だと 持たないため、油性のペンキを使って描く。泥絵の具と油性のペンキでは耐久性の違いがある。
ここでは、レギュラータイプの泥絵の具で使う膠(にかわ)について書いてみよう。 原料は家畜・クジラ・魚類の骨・腱・皮などを石灰水に浸してから煮て濃縮、冷やして固めたもので、 粗製ゼラチンだ。 接着力が強く、製紙・染色・日本画、そして 仏壇仏具の工芸品などを作る場合に、接着剤として使われてきた。

泥絵の具は基本的に日本画と同じで、顔料の粉末を膠を注ぎながら練り上げて作る。 絵の具担当者は、誰よりも早く起きて、まず七輪に炭を使って火をおこすことから仕事が始まる。 炭に火がついたら練炭を入れ、練炭に火がつくまで七輪の下の窓から、うちわであおぐ。 水をいっぱい入れた大きい鍋を、 七輪の上にのせお湯を沸かしたところに、 長さ30cmほどの三千本という棒状の膠を一掴み(15本位?)入れる。 ゆっくりかき回していくと自然に溶けていく。30分ほどで茶色のどろどろの液体になる。 その後 ブリキの大き目の空き缶に入れるのだが、溶かした膠には不純物があるので、 空き缶に布をかぶせて瀘しながら 静かに注ぎ込む。これで膠の出来上がりとなる。その膠に水で薄めて使うのだが、その薄める水の 量が微妙で、温度と湿度によって薄める水の量を調整する必要がある。 例えば、冬は温度が低くなるので水を多めに入れる。 膠は温度が下がると濃縮が早まる傾向になるためだ。 その加減が難しい。膠が濃すぎる絵の具で塗った背景色の上に、文字を書こうとすると、絵の具がはじいて 文字が非常に描きづらくなる。 薄すぎると接着力が弱くなるので、雨が降ると流れてしまう。

さて、次にその膠を使って絵の具を練る仕事が待っている。 絵の具の作り方は、直径35cmくらいの大きなすり鉢に絵の具の顔料の粉末を入れ、そこに 膠を入れて、すりこぎ棒を使って練っていくのである。膠は少しずつ入れながら丁寧に 練っていかないと使いやすい絵の具にならない。足ですり鉢を固定して、全身を使って絵の具を 練っていく。毎日、朝のうちに7種類ほどの原色を作り、大き目の缶に入れておく。 これが朝飯前の絵の具担当の仕事となる。 仕事が忙しくなると、絵の具の消費も激しくなる。その都度補給していかなければならない。 絵の具担当の仕事は体力を必要とする結構重労働な仕事だったが、 やり甲斐のある仕事で面白かった。 考えてみると何とも原始的な作業をしていたものだ。



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