映画の時代 -16-



●歌舞伎町の映画館

娯楽・歓楽・享楽・・・あらゆる欲望を飲み込むカオスのような街・新宿にあって、 ひときわ光彩を放つ日本一の歓楽街・歌舞伎町。 1960年当時の歌舞伎町をスケッチしてみよう。
演劇を上演するコマ劇場がある。阪急・東宝グループの回り舞台が売り物だったのでこの名がある。 コマ劇場の前にはゆったりとした広場がある。 今は整備された小奇麗な公園になっているが、 当時は真ん中に人工的に作った池があったと記憶している。 この広場は不夜城とも言われている歌舞伎町にあって、 コンクリート・ジャングルに囲まれたオアシスのような空間だ。
広場を囲むように、 大きな映画館がそびえるように建っている。

コマ劇場を背にして、まず、表面に新宿ミラノ座ある。 実に大きな建物で、 スケートリンクが何階かにある。(今はボーリング場)右側に新宿劇場があり、 この二つの大きな映画館は話題の新作洋画を上映している。 壁面を見上げると、 壁面に映画の絵看板が設置されている。 軒下にも、 入口周辺にも、 今にも飛びだしてきそうな迫力のある絵看板が、 映画の面白さをアピールしている。 ロードショーなので入場料も高い一流館だ。新宿劇場の隣に新宿オデヲン座、左側には地球会館というこれまた大きな建物がある。娯楽の殿堂といった感のあるビルで、 パチンコ、 スマートボール、 キャバレー、 クラブ、 コンサートホールなどと共に、 新宿座と地球座という二つの映画館があった。 いつも三本立てで映画を上映していて 入場料が安い。映画ファンとしては割安感があった。 その他、コマ劇場には新宿コマ東宝、 ミラノ座の建物に新宿東急、 新宿プラザ・・・と、 広場を囲んで映画館が密集して存在している。 夜ともなると、 歌舞伎町はネオンの洪水となり、 おびただしい人の波が出来る。 サラリーマン、ブルーカラー、 男女学生のグループ、 酔いどれ天使たちがこの広場に行き交い、 しばしの戦士の休息をとる。 プラカードをもったサンドイッチマンたちが、だみ声をはりあげてお店の名前を連呼、競ってお客を引き込むことに余念がない。

当時は若かったので三本立ての映画をよく見たものだ。しかもはしごで。 一日6本の映画を見るにはかなりの体力と集中力を必要とする。今はとても出来ない。 映画は見始めるとクセになるようだ。 予告編の効果もあるだろうが、 映画の看板に魅了されて映画館に足を運ぶ、 というケースも多かった。 東京の映画看板は絵も文字も田舎のそれと歴然と違い、その巧みさに足を止めてしばし見入ってしまったものだ。 「こんな素敵な看板を描く仕事をしてみたい」と密かに思いながら。

ちなみに、 1960年に封切られた映画、 洋画では
「チャップリンの独裁者」〜〜〜 (米)監督・主演/チャップリン
「サイコ」〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(米)監督/A・ヒッチコック
「スパルタカス」〜〜〜〜〜〜〜(米)監督/S・キューブリック
「許されざる者」〜〜〜〜〜〜〜(米)監督/J・ヒューストン
「甘い生活」〜〜〜〜〜〜〜〜〜(伊)監督/F・フェリーニ
「太陽がいっぱい」〜〜〜〜〜〜(仏)監督/ルネ・クレマン
「ピアニストを撃て」〜〜〜〜〜 (仏)F・トリフォー
「大人は判ってくれない」〜〜〜 (仏)監督/F・トリフォー
「黒いオルフェ」〜〜〜〜〜〜〜(仏)監督/マルセル・カミュ
「勝手にしゃがれ」〜〜〜〜〜〜(仏)監督/ジャン・R・ゴダール
「誓いの休暇」〜〜〜〜〜〜〜(ソ連)監督/G・チャフライ

邦画ではヌーベルバーグ(新しい波)の旗手として注目された大島 渚監督が話題作「青春残酷物語」「太陽の墓場」「日本の夜と霧」の3作品を世に出している。その他
「悪い奴ほどよく眠る」〜〜〜〜〜監督/黒沢 明
「笛吹川」〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 監督/木下恵介
「裸の島」〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 監督/新藤兼人
「豚と軍艦」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜 監督/今村昌平

等の作品が封切られている。これらの映画を私は全部観ている。 1960年、安保闘争の激しい時代。 映画業界もまだまだ元気一杯。映画は歌舞伎町の一つの華だった。


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