映画の時代 -15-



●歌声喫茶とカラオケ喫茶

歌舞伎町は区役所通りから西武線まで広がっている。 歌舞伎町の境界線となる 西武新宿駅の駅前に、「灯」という歌声喫茶があった。 初めてこの店に入った時、 むせ返るような若者達の熱気と、 店内に響き渡る歌声に圧倒された。 びっしりと入ったお客全員が、 大きな声で唄っているのだ。 客は手に手に歌詞が印刷されている小さな歌集をもっている。 ステージにはロシアの民族服を着たリーダーが「ともしび」「カチューシャ」「黒い瞳の」 などのロシア民謡を中心に、 日本の民謡、 世界の民謡まで、 歌にまつわるエピソード等を語りながら、 朗々と唄う。 リーダーは歌が上手いのは当然として、 客の歌心を引き出し、 歌い方の ポイントポイントをリードしていくのが実に上手い。 歌手・ミュージカル俳優として活躍している上条恒彦が若い頃、歌声喫茶のリーダーを していた、という話をどこかで聞いたことがある。 伴奏はアコーディオンとバラライカといったシンプルなものだ。 客のリクエストに応えながら次から次と唄う。 客も声を張り上げて一緒に唄う。 曲によっては高音部と低音部が別れて唄う。 時に輪唱で唄う。 会場全体が一体化したような雰囲気が自然に出来る。 まさにライブの楽しさがここにあった。

大きい声で歌を唄うと心が軽くなる。うきうきする。 楽しくなる。 疲れもどこかに吹っ飛び、明日へのエネルギーが生まれる。 確かに目一杯唄って、唄い疲れて店を出ると、 何とも言えない爽やかな気分になれたことを憶えている。 イデオロギーは別にして、ロシア民謡が好きになった。私は映画館で映画を見るのと、 歌声喫茶にきて歌を唄うのに病みつきになってしまった。 色違いの小さい歌集がどんどんたまっていった。 新宿に、 もう一軒「どんぞこ」という歌声喫茶があった。 ゴーリキーの「どん底」から採ったのだろう。 天井が低く、壁はぼこぼこした白い漆喰で、黒くて太い柱と梁が張り巡らされている店内の造りは、 ロシアの民家か牢獄を思わせる。 明るい店内の「灯」とは違う雰囲気のある店だった。

当時労働運動、学生運動の流れの中で、全国的に歌声運動という一つの文化運動があった。 歌声喫茶はその流れの中から生まれ、私の青春時代においては最高潮に高揚していた。 当時の一つの社会現象ともなっていた。 残念ながら歌声喫茶は時代の経過と共に消滅してしまったかのようである。 歌声喫茶にかわって、カラオケ喫茶が登場した。 神戸から発進したカラオケは瞬く間に普及し、 いまや世界を席巻している。 「カラオケ」は「ジュウドウ」「カラテ」「スモウ」「マンガ」などの言葉と共に 世界に通用する言葉として使われるまでに成長した。
歌声喫茶とカラオケ喫茶、歌を唄うというのは共通しているのだが、似て非なるものがある。 大勢の客が一体感を持てる、 感動を共有できるという意味で、歌声喫茶は映画に近いものががある。 手作りの温もりを私は感じる。 それに対してカラオケ喫茶というのはいかにもメカニックだ。 私はカラオケは、 どういうわけか未だに好きになれない。


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