古代ロマン・奥三面

2000年2月1日新潟日報夕刊に掲載したコラム【晴雨計】1回目



最初の取材は、山形県小国から三面川の川底(右の写真)に車を
走らせて奥三面集落に入った。川の水量が多いと車で行くのは不可能。
上には吊り橋があるものの車で渡ることはできない。ここは秘境だった。


青森の三内丸山遺跡は、従来の既成概念を覆す遺跡としてマスコミに取り上げられている。そしてその結果、昨年一年間で50万人の見学者が訪れたという。野球場建設として進められた工事の過程で発掘された遺跡に対して青森県は「野球場建設断念・遺跡保護」という英断を下した。
一方、新潟では奥三面遺跡群が発掘された。この貴重な遺跡は、今年10月、ダムの底に水没するという悲しい運命にある。同じ人類の遺跡でも、その扱いはまさに対極にある。
新潟県の県北朝日村、大自然の景観に囲まれた山ふところの奥三面から、全国的にも例をみない大規模な縄文時代の遺跡群が発見された。発掘の端緒は・県の水力発電ダム建設のため測量調査を始めたところ、次から次へと遺跡が発掘され、11年間にも及んだ発掘調査は1998(平成10)年12月に終了した。現れた縄文の集落は19にも及ぶ。その数の多さから遺跡群という名前がつけられたのだろう。発掘に従事した述べ作業員人数は11万人を超え、出土した遺物は8千箱を超えた。
私は昨年5月、現地での説明会に参加した。朝日村教育委員会の方から説明を聞きながら雄大な大自然に囲まれて、大自然とともに営々と生活を営んできた私たちの祖先の暮らしぶりに思いをはせ、悠久の昔に心躍らされた。国内最古の舗装道路跡の発掘や、高床式大型建物跡の発掘は、これまでの学説を覆すとのこと。数々の新発見は古代ロマンを私たちに与えてくれる。しかし、この三内丸山遺跡にも勝るとも劣らない貴重な遺跡群が水没することを考えると、胸がえぐられる思いになる。この数年、私の脳裏から奥三面のことが離れたことはない。歴史の専門家ではない一市民の私が、奥三面にこだわるのはいくつかの理由がある。
奥三面の問題は私たちの暮らしから離れた問題のようであるが、実は県民の生活と直結した問題であり、日本の未来の問題でもあるのだ。



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